浦和レッズ一筋15年、日本代表ボランチとして活躍した鈴木啓太は、引退の翌月にAuB株式会社を設立した。アスリートの腸内細菌に着目したヘルスケア企業として、新種ビフィズス菌の発見にまで至った創業者。現役時代から磨いてきた、眠れない夜との付き合い方を辿る。
トップアスリートは、眠れない夜をどう整えてきたのか
元日本代表 鈴木啓太・AuB創業者が語る、リセットと積み重ねの技術

浦和レッズ一筋15年、日本代表としてピッチに立った鈴木啓太は、引退の翌月にAuB株式会社を設立した。アスリートの腸内細菌に着目したヘルスケア企業として、新種ビフィズス菌の発見にまで至った創業者は、現役時代から「眠りはリセット」と語り続けてきた。トップアスリートが何十年もかけて磨いてきた、眠れない夜と付き合う技術を辿る。
浦和レッズ時代のコンディショニング
鈴木啓太のサッカー人生は、コンディショニングという見えない仕事の積み重ねでできている。プロのボランチは、攻守の切り替えを90分間続ける役割であり、フィジカルだけでなく判断の精度が問われる。判断の精度は睡眠の質に直結する。鈴木が現役時代から、睡眠を「練習の一部」として扱ってきたのはそのためだ。22時就寝、5時起床、7時間睡眠。練習がない日でも崩さない。試合がある日も、極端な変更は加えない。リズムを保つことが、ピッチでの再現性を保つことに直結する。
夜の入浴ルーティンも一貫している。39.5度ほどのややぬるめの湯に15分浸かる。入浴後の体温の自然な低下が、入眠のスイッチとして働く。これは経験則ではなく、現代の睡眠科学が裏付ける所作だ。鈴木は科学的な根拠を後付けで知ることが多かったと語るが、現役時代に身体の声を聴き続けた結果、彼の習慣は最新の科学と矛盾しない。
鈴木啓太プロフィール 1981年生まれ。浦和レッズ一筋15年、日本代表としても活躍したボランチ。2015年現役引退、翌2016年にAuB株式会社を設立。アスリートの腸内細菌研究に取り組み、新種ビフィズス菌の発見に関与。経営者として研究と事業を横断する活動を続ける。
引退の翌月にAuBを立ち上げた理由
引退の翌月に起業、というスピードは異例である。多くのアスリートは現役からの移行に数年かけ、解説者やタレントとして緩やかにキャリアを変えていく。鈴木がその慣例を選ばなかったのは、現役時代からアスリートの体に関する研究を続けていたからだ。15歳の頃から続けていた腸内細菌のサプリメントの摂取。当時その重要性を意識していた選手はほぼいなかった。彼は早すぎたのではなく、自分の身体実験を続けていただけかもしれない。
AuBが導いた研究の代表的成果のひとつは、トップアスリートの酪酸菌は一般人の倍ある、という驚くべきデータだ。腸内環境はメンタル、免疫、睡眠、すべてに影響する。鈴木にとってサッカー選手のキャリアは終わっても、身体への探求は続く。事業はその探求の延長線上に組まれている。
コントロールできることに集中する。それ以外は、いったん横に置いていい。
— 本人発言の主旨を編集部要約 / Next Wellness Generation インタビュー
腸内環境とパフォーマンス
腸は「第二の脳」と呼ばれる。神経細胞の数も、ホルモンの種類の多さも、脳に次ぐスケールを誇る臓器であり、近年の研究では気分や睡眠への影響が次々と明らかになっている。セロトニンの大半が腸で作られる、という事実は一般にも知られるようになった。アスリートにとって、腸内環境は単なる消化の問題ではなく、メンタルと睡眠と免疫を貫く中央指令系統のひとつだ。鈴木がそこに15歳から投資し続けてきた事実は、彼のキャリアの長さを別の角度から説明している。
眠れない夜のサインを読む
| サイン | 身体の状態 | 翌日の対応 |
|---|---|---|
| 夜中に何度も目覚める | 自律神経の乱れ | 練習強度を一段下げる |
| 朝起きても疲労感 | 深睡眠が削れた可能性 | 食事の質を上げる |
| 寝付きに30分以上 | 交感神経が優位 | 夜の入浴を長くする |
| 夢を強く覚えている | レム睡眠偏重 | 就寝時刻を早める |
| 朝の心拍が高い | 回復不足 | 休養日に切り替え |
鈴木は「眠れない夜のサイン」を翌日のリカバリーに翻訳する習慣を、現役時代から続けてきた。眠れないこと自体を問題視するのではなく、それが自分の状態についての情報源だと捉える。この視点の転換が、長く戦い続ける選手と、消耗していく選手を分ける。
起業家になって変わった睡眠
現役時代の睡眠と、経営者の睡眠は性質が違う。現役時代は身体の回復が中心であり、頭の中の課題は試合と練習に集約されていた。経営者になると、頭の中の課題は同時並行で十も二十も走る。会議、研究、資金調達、組織。眠ろうとした瞬間に、別の課題が顔を出す。鈴木自身、この転換に最初は戸惑ったという。
アスリートの睡眠 5原則
- 就寝と起床の時刻を固定する
- 入浴で体温を上げてから下げる
- 寝室から光と音を遮断する
- 就寝1時間前のスマホを最小化する
- 眠れない夜を翌日の情報として読む
ウェアラブルが教えてくれること
HRV (心拍変動)、深睡眠時間、REM時間、入眠潜時。スマートウォッチや指輪型デバイスが計測する数値は、いまや一般人にも手の届くところまで来ている。鈴木はウェアラブルの数値を、自分の主観と照らし合わせる「答え合わせ」として使う。数値だけを信じるのでも、感覚だけを信じるのでもない。両者の差を観察することで、自分の身体の癖が見えてくる。
たとえば、本人は調子が良いと感じているのに深睡眠が短ければ、それは過小評価されている疲労の兆しかもしれない。逆に、本人は重く感じているのに深睡眠が確保できていれば、心理的な要因の可能性が高い。データと感覚の二重チェックは、長く働き続けるための強力な武器になる。
よくある質問
Q. 眠れない夜の最も簡単な対処法は?
A. 鈴木は「呼吸とノート」と答える。吐く息を長くするだけで自律神経は切り替わる。眠れない夜の頭の中の渦をノートに書き出すと、感情はタスクに変換される。
Q. 現役時代と現在で、睡眠への意識は変わりましたか?
A. 「目的が変わった」と本人は語る。現役は身体の回復、現在は思考の整理。だが、固定したリズムを保つという原則は変わっていない。
Q. ウェアラブルは万能ですか?
A. 万能ではない。数値はあくまで参考であり、身体の声と矛盾するときは身体の声を優先すべきだ、と鈴木は強調する。
編集後記 鈴木啓太の睡眠観の核は「リズム」である。完璧を狙わず、極端な変更を避け、毎日同じ時間に眠り起きること。地味だが、これが最も再現性の高い回復の方法だ。読者にとっても、明日から始められる視点だろう。

眠れない夜を、敵にしない。サインとして読み解き、翌日のリカバリーへ翻訳していく。鈴木啓太の歩みが教えてくれるのは、睡眠とは個別の夜の出来事ではなく、長い時間をかけて形作られるリズムの一部であるということだ。15歳から続けてきた腸内環境への投資が、43歳のいまの彼を支えているように、今夜あなたが取り入れる小さな所作も、十年後のあなたを支えるはずだ。完璧な一晩より、再現可能な千の夜。それが、長く戦うための、唯一にして最強の戦略である。